経営学から人生を学ぶ『イノベーション・オブ・ライフ』
![]() | イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ クレイトン・M・クリステンセン ジェームズ・アルワース カレン・ディロン 櫻井 祐子 翔泳社 2012-12-07 |
3つの質問に考えることから始める
『イノベーションのジレンマ』の著者クレイトン・クリステンセン教授が、毎年、ハーバードビジネススールで受け持つ講義の最終日に、ビジネスや戦略ではなく、どうすれば幸せで充実した人生を送れるかについての講義を行っている。本書は、その内容を加筆・書籍化したもの。クリステンセンの講義は、以下の3つの質問から始まる。
①どうすれば幸せで成功するキャリアを歩めるだろう?
②どうすれば伴侶や家族、親族、親しい友人たちとの関係を、ゆるぎない幸せのよりどころにできるだろう?
③どうすれば誠実な人生を送り、罪人にならずにいられるだろう?
マネジメントの理論は、何がどうして人々を動かすのかの因果関係を捉えている。理論とは「何が、何を、なぜ引き起こすのか」を説明する一般的な言明。本書の理論は、人間心理について深い洞察がある。
理論の信頼性を確かめるにはアノマリーを探す
理論が提供する助言が信頼できるかを判断するにはアノマリーを探すのが一番だ。アノマリーとは理論では、説明できない事象を言う。プリンシパル・エージェンシー理論の問題点は、理論では説明できない強力なアノマリーが存在することだ。アノマリーの例としては、世界で最も努力を惜しまずに働く人たちのなかに非営利組織や慈善団体の職員がいることだ。。
ハーズバーグ理論によれば、仕事の満足感が連続的に変化していくという一般的な前提は、人間の心の動きを正確に表していない。満足と不満足は、一つの連続体の対極に位置するものではなく、別々の尺度として存在する。仕事には、少しでも欠ければ不満につながる要因「衛星要因」と、私たちの心を満足させる愛情を生み出す要因「動機づけ要因」と呼ばれる2種類の要因がある。前者には、ステータス、報酬、職の安定、作業状況、企業方針、管理方法などが入る。「仕事に不満がある」の反対は、「仕事に満足している」ではなく「仕事に不満がない」なのだ。
多くの人が、「動機づけ要因」ではなく、「衛星要因」で仕事を選んでしまう。問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるときだ。間違った理由で仕事を選ぶと、罠から抜け出せなくなる。衛星要因が満たされているのに、更に多くの金銭を得ることが目的になる。報酬さえあれば、幸せになるという分かりやすい話につられ過ちを犯さないことだ。
忘れてはいけないのは、動機づけ要因の持つ力が、計り知れないということ。何かを成し遂げない、有意義な成果を生み出そうとするチームを動かす、といった動機が大きな成果をつくる。
言葉のダンスで子どもは育つ
トット・リズリーとベティ・ハートの研究によれば、子どもが言葉に触れるべき最も重要な時期は生後一年間だという。生後3年間で4,800万語を聞いた子どもは、1,300万語しか効かなかった子どもに比べて、脳何なめらかなつながりが3.7倍あり、認知的にとても優位な立場にある。また、重要なのは子どもの認知的優位性のカギが「言葉のダンス」にあって、収入や民族性、親の学歴などにはないことを示している。時間と労力の投資を、必要性に気がつくまで後回しにしていたら、おそらく手遅れになる。大切な人との関係に実りをもたらすには、それが必要になる前から投資をするしか方法はない。一見矛盾しているようだが、家族との強力な関係、友人との親密な関係を築くことに最も力を入れる必要があるのは、一見その必要がないように思われるときなのだ。
立派な子どもを育て、伴侶との愛を深めることに時間と労力をかけても、成功したという確証が得られるのは、何年も先だ。仕事をすればたしかに充実感は得られる。だが、家族や親しい友人と育む親密な関係が与えてくれるゆぎない幸せに比べれば、何とも色あせて見えるものだ。
片づける用事のレンズ
私たちが製品を購入する動機になるのは、自分には片づけなければならない用事があり、この製品があればそれを片づける助けになる、と思うからだ。成功している製品・サービスはすべて、片づける用事をもとに構築されている。どんな状況にも合う、唯一の正解など存在しない。まず顧客が片づけようとしている用事を理解することから始めよう。片づける用事のレンズを通して、結婚生活を見れば、お互いに対して最も誠実な夫婦とは、お互いが片づけなくてはならない用事を理解した二人であり、その仕事を確実に、そしてうまく片づけている二人だと分かる。
犠牲が献身と愛を深める
意外に聞こえるかもしれないが、人間関係で幸せを求めることは、自分を幸せにしてくれそうな人を探すだけではない。その逆も同じくらい大事。つまり、幸せを求めることは、幸せにしてあげたいと思える人、自分を犠牲にしてでも幸せにしてあげる価値があると思える人を探すことである。私たちを深い愛情で駆り立てるものが、お互いを理解し合い、お互いの用事を片づけようとする努力だとすれば、その献身を不動のものにできるかどうかは、伴侶の成功を助け、伴侶を幸せにするために、自分をどれだけ犠牲にできるかにかかっている。
子どもは学ぶ準備が出来たときに学ぶ。いつかは分からない
私たちは家庭から仕事をアウトソーシングし、その結果、子どもたちに試練を与えずに、やる気をかき立てもしない活動で埋めてしまう。子どもたちを人生の困難な問題から隔離することで、知らず知らずのうちに、成功に必要なプロセスや優先事項を生み出す能力を奪ってしまうことになる。子どもたちは学ぶ準備が出来たときに学ぶのであって、わたしたちが教える準備が出来たときに学ぶわけではない。だから学ぶ瞬間にそばにいてあげないといけない。そして、私たちは自分の行動をとおして、子どもたちに学んで欲しい優先事項や価値観を示す必要がある。
経験の学校での履修計画を立てる
『ハイフライヤー』のマッコールの理論によれば、リーダーが必要な能力は全て生まれながらにして備えているということはなく、むしろ能力は、人生のさまざまな経験をとおして開発され、形成されていく。困難な仕事、指揮したプロジェクトの失敗、新規分野でのプロジェクト、こうしたことの全てが、経験の学校の講座となる。リーダーがどのようなスキルを持っているのか、欠いているかは、それまでのキャリアでどのような「講座」を受講してきたかによってほぼ決まる。
一度だけを許すと一度ではすまなくなる
限界費用の分析をもとに「一度だけ」の誘惑に屈すれば、行きつく先は後悔である。一度だけを自分に許すと、一度ではすまなくなる。学んだ教訓は、自分の主義を100%守る方が、98%守るよりたやすいということだ。一度でも超えることを自分に許せば、次からは歯止めが利かなくなる。倫理的妥協が招く厄介な影響を免れる方法は一つだけである。そもそも妥協をしないことだ。