スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カーニヴァル化する社会

カーニヴァル化する社会カーニヴァル化する社会
鈴木 謙介


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

本書では雇用問題・監視社会・コミュニケーション・自我といった社会学に関わる様々な問題が取り上げられています。しかし、テーマが多岐に渡るせいで結局何が言いたいのかはよく分かりませんでした。なので、ここではその中から印象に残った「若者の雇用問題」を取り上げてみます。

フリーター=不良債権

若者の非正規雇用者層が中高年になったときに今後の日本を支えるリソースが喪失するのではないかと著者は危惧する。というのも正規雇用社員とフリーターでは生涯賃金で6倍近い差がつくからだ。これによって社会保険料の約9%が毎年損失するという。長期的にみればこれは深刻な問題になる。

「若者の甘え」が問題の本質ではない

非正規雇用者増の問題は社会の構造自体に原因がある。それは正社員を減らす事によって収益力をUPしたい企業側(=既得権を有する年長世代)が相対的な弱者としての若者から「たかる」という構図だ。さらに言えば、若者はそうやって保護された親の既得権に「たかる」ことで生活がなんとかなってしまうため非正規雇用の状態を長期化させているのである。

(話はズレますが、上の話の展開で行くと「景気が上向けば企業が正社員を増やすことになって問題解決」と行きそうだが現実はそうなっていなようです。それはここ最近の統計を見ても明らかです。その理由は、企業は労働者よりも株主の利益を優先する姿勢を明確にしているからです。賃金の面から見れば、社会の雇用制度はますます既得権者に有利な方向へ働いているように見える。)

「やりたいこと」貧乏と、「やりたくないこと」金持ち

一方、若者の仕事観から雇用問題を見てみる。「やりたいこと」を仕事に結びつけることはその仕事との出会いが限定されているという現状から考えるととても難しい。「やりたいこと」を探している、もしくはそれをやっているからフリーターでも良いと考えるなら、それはある程度の金銭的な貧乏を受け入れることにもなる。つまり、現実を宿命だと受け入れて「やりたくない」仕事をせっせとやるエリートと、いつまでも現実を受け入れられず「やりたい」仕事を探し続けている貧乏とに国民が分極化する恐れがあるのだ。

「やってやるんだ」躁状態と、「これでいいのか」鬱状態

多くの人が「やりたいこと」を仕事に出来ないという観点から見れば、労働者の大半が「やっていることが本当に自分のやりたいことなのか」という悩みを抱えていることが分かる。そのため現代の労働者は「これがやりたいことなんだよ」と自分を一時的に鼓舞する躁状態と、「やりたいことなんて出来ないよ」と宿命を受け入れざるおえない鬱状態の両方を行ったり来たりしているのだ。これを著者は「不断の躁鬱状態」と言い、そのようにして自己が分断されてしまっていると主張する。(しかも、この症状は学生の就職活動のときにも現れるという。)

(感想)自己責任の増大

本書を通じて思ったことは、社会環境の変化によって就職における自己責任の比重が大きくなっているなということです。別の言い方をすれば、自分の将来に対して個人が背負う責任が大きくなっているんではないかということです。そのことについてもう少し考えなければならないなと思いました。

雇用の流動化の流れを受けて雇用環境は激変しているのに、それに対応しなければならないはずの教育は何も変わっていない。そこから歪みが生まれているような気がしました。それについて以前読んだ『希望の国のエクソダス』の村上龍の言葉を思い出しました。

「生きていくために必要なものがとりあえずすべてそろっていて、それで希望だけがない、という国で、希望だけしかなかった頃とほとんど変わらない教育を受けているという事実をどう考えればいいのだろうか。」


関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

はやっ。
欲望がデータベース化される、それがCRMである。みたいな話面白くなかった?
情報だけでなく、欲望もかなりデータベースされる社会を少し想像してしまいました。つまんねー。

>keizou

CRMの話は監視社会の便利な面として取り上げてられてたけど、この辺は前回読んだ『グーグル』と重複するところがあったから・・・。

それと俺の読書が「ネタ消費」になってるんじゃないかと少し不安になりました。



カテゴリー
未分類 (196)
  • 読書 (438)
  • 投資 (27)
  • 写真 (132)
  • TED (7)
  • プロフィール

    masato

    • Author:masato
    • 「無知による機会損失は計り知れない。」

      機会損失とは、仮にある行動を取っていたら生まれたであろう利益を享受できない損失のことを言う。

      自分だけに与えられた、自分でしか歩めない道を歩んでいきたいと思う。
    最近の記事
    月別アーカイブ
    ブログ内検索
    RSSフィード
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。