フーコー

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哲学について学びたかったのでフーコー(Michel Foucault, 1926年10月15日 - 1984年6月25日)を読んでみた。(とりあえず難しすぎてビックリ!書かれていることの10%も理解出来なかったように思う。)

それでも印象に残ったのは知識や真理そのものに対するフーコーの考え方だ。フーコーはそれらの存在の根本を疑うことから始めるのだ。かつてヘーゲル(Hegel、1770年 - 1831年)は、現実的なものが理性的であり、真理はそこにあると考えた。彼は理性または精神が究極的な現実であると信じ、哲学により非理性と偏った知識の矛盾から自分たちを解放することが可能になると主張した。

それに対してフーコーは"理性そのもの"が歴史へ及ぼす影響はどんなものだったのか、その限界はどこにあるのかを検討しようとした。フーコーに言わせれば"理性そのもの"が監視された権力の内側にあるものだとされ、信用できるものではないということらしい。

フーコーを読んで思ったことは(フーコーの主張と重なるが)、あらゆるものの影響を排除して客観的に物事を認識するということは不可能なんじゃないのか―。ということ。

例えば、以前読んだ本に「江戸時代においては儒教が武士の心の内面を支配していた」という文面があった。「支配していた」というのは言い過ぎかもしれないけど、確かに人間の理性というものはその時代の権力だったり思想といったものに大きな影響を受けるものなんだろう。それが本当だとするならば、僕たちはどんな時代に生きても、誰かにとって都合のいいように教育され、無意識のうちに偏狭な思考・価値観にさせられている、と考えることが出来る。

それが良いか悪いかの話は別にして(←これも重要な問題だと思うけど)、ただ、そういった呪縛から解き放たれて本当の意味で自由になったとしても、幸せになれるかって言ったらそうじゃないから問題は更に複雑になる・・・ort。

「ある種の自由は直接的に抑圧された社会と同じくらい人を拘束するものだ」というフーコーの言葉が心に残った。

まぁ、意外と大事なことは「あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること―。」だったりするんだろうな。(と、元も子もないオチになっていまいました。すみません。)

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