空港にて

4167190060空港にて
村上 龍
文藝春秋 2005-05

by G-Tools

8つの短編が収められた村上龍の短編集。どの作品も、今の生活と現状に行き詰まりを感じた人間の物語だ。8人の主人公達はそれぞれ全く異なった事情で悩みを抱えているのだが、今いる場所とは違うどこか別の場所に希望を見出そうとするといった共通点がある。

1つ1つの作品に流れる時間は数分と極めて短く、また、背景となる舞台はカラオケルームやらコンビニなどありふれた日常の1コマだ。「数分」と「日常」という題材としては面白みに欠ける特徴を持つ8つの作品だが、その1つ1つに村上龍は強烈なメッセージを埋め込んでいて、読み応えがあった。

村上氏の(ちょっと過激とも思われる)主張が表れている文書を抜粋してみる。

オヤジみたいにデパートとかスーパーに就職したりしたらもう本当に終わりだった。(中略)本当の支えとなるものは自分自身の考え方しかない。いろんなところに行ったり、本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考え方は手に入らない。(p22)

わたしはずっとだまされていたのだ。わたしは大学へ行き、有名な家電メーカーの部品下請け会社に就職したが、そんなことには何の意味もなかった。そのことに何らかの意味があったとしたら、五十一歳になる妻がトイレで嘔吐したりしないだろう。(p94)

1970年代のどこかの時点で、何かがこの社会から消えたんだ。それは、国民全体が共有できる悲しみだと言う人もいるが、それが何なのかはそれほど大きな問題じゃない。大切なのは、このワインと同じくらい価値のあるものをこの社会が示していないし、示そうとしていないということだ。だからこういうワインを飲むことが出来る人や、飲む機会がある人はそれに代わるものがないことに自然と気づいてしまい、こいうワインを飲む、このときが、まさに人生の決定的な瞬間なんだと思ってしまう。(中略)そして、普通という人生のカテゴリーにはまったく魅力がないということをほとんどの人が知ってしまった。そのせいで、これから多くの悲劇が起こると思うな。(p108)

閉塞感に悩む日本。そんな今だからこそ、「希望とは何か?」と問う村上龍のメッセージは強烈な光を発している。

僕が考えるに、昔と違って今はもう、「希望」というものが、小学校の給食のように待っているだけで横並びに配給される時代は終わったということだろう。豊かになったおかげで自由度と選択肢が増えたまではいい。けれど、「自分の好きなものを自由に選んでください」と言われたとたん、「自分の欲するものが何か分からなくなって困っている」という落としどころがない話になってしまうのは何かが変だ。自由には責任が伴うという当たり前のことを思い出した。そう、自由が増えるからには責任も増大するのだ。

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