ショウペンハウエルのおかげで、読書について考えることが出来た

読書について 他二篇 (岩波文庫)読書について 他二篇 (岩波文庫)
ショウペンハウエル Arthur Schopenhauer

岩波書店 1983-07
売り上げランキング : 9914

Amazonで詳しく見る

気になった文をピックアップ。

読書とは、自分で考える代わりに、誰かにものを考えてもらうことである。

大量に、またほとんど一日中読書する人は、自分で考える能力をしだいに失っていく。わたしたちが自分の思考への従事から離れて読書に移るとき、安堵感を得られるのはそのためである。読書中のわたしたちの頭の中は他人の思考の遊び場であるに過ぎない。

読んだ内容について、あとから再び思索することなく絶えず読書を続けると、根を下ろすことがなく、たいていは失われてしまう。

読書に費やすことのできる限られた時間をもっぱら、あらゆる時代と民族の偉大な、他の人間からはるかに傑出した精神を生み出した作品に当てよ。評価の揺るがないこれらの作品だけが、真にわたしたちを育て、教え導いてくれる。

良書を読むための条件は、悪書を読まないことである。人生は短く、時間と労力には限りがあるのだから。悪書は知性にとって毒である。

書物を買うのは良いことだ。ただし、それを読むための時間も一緒に買えるならば。

自分の読書観について考え直すよいきっかけになった。読書は良いものだが、むやみやたらに行えばいいというものではない。読書の価値、効用をきちんと考え、ときたま自分の読書活動を見直してみるといいかもしれない。

現状は、ショウペンハウエルが指摘するように、ただ理由もなく流行の本を読む、読んだだけで満足してしまう、自分で思索することを避ける、行動しない。

やらなければならないのはこの逆だ。古典を読み、自分で思索し、実際に行動する。人生は短く、時間は限られているのだから。

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリー
未分類 (196)
  • 読書 (438)
  • 投資 (27)
  • 写真 (132)
  • TED (7)
  • プロフィール

    masato

    • Author:masato
    • 「無知による機会損失は計り知れない。」

      機会損失とは、仮にある行動を取っていたら生まれたであろう利益を享受できない損失のことを言う。

      自分だけに与えられた、自分でしか歩めない道を歩んでいきたいと思う。
    最近の記事
    月別アーカイブ
    ブログ内検索
    RSSフィード