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人の才を見出し活用することの真髄を学ぶ『項羽と劉邦』

項羽と劉邦 (上) (新潮文庫)
項羽と劉邦 (上) (新潮文庫)司馬 遼太郎

新潮社 1984-09-27
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劉邦は大きな空虚。徳の人

劉邦はまれにみる長者だと誰もが言う。長者とは人を包容し、人のささいな罪や欠点を見ず、その長所や功績をほめてつねに処を得しめ、その人物に接するとなんともいえなう大きさと温かさを感じるという存在をいう。この大陸でいうところの徳というものを人格化したのが長者であり、劉邦はそういうものがあった。言いかえると、劉邦の持ち物はそれしかない。

劉邦は、奇才の士をひろい、功をたてさせることによって勢力を拡大した。それら功をたてた者への恩賞は惜しみなく与えた。寛容さと期前の良さという劉邦の性質は、劉邦一個の脳なしを補ってあまりがあった。

劉邦は大きな空虚であった。張良が将権を代行すると、かれが一つの実質であったため、かれに協力する劉邦の幕下の多彩な才能ともいうべき諸将は帳良の威中をいろいろ詮索することに疲れ、結局は命を待って動くのみで、みずからの能力と判断で動かなくなってしまう。張良が指揮をすると二度三度は勝ちをおさめるが、長期的にみる全軍は弛緩していく。これが劉邦に指揮権がもどると、幕下の者たちは劉邦の空虚を埋めるためにおのおのが判断して劉邦の前後左右でいきいきと動きまわる。

天下の人傑を集め使える人、劉邦

項羽がすでに滅び、天下がついに漢王劉邦の手に帰したとき、劉邦は洛陽の南宮で大宴会をひらいて諸将をねぎらった。その席上、彼は、「なぜこの劉邦が天下を得項羽はそれを失ったのか?」 と列座の群臣に問うた。高起・王陵の二人が進みでて答えた。

「陛下は、人をして城や土地を攻略させたのちは、そのものにすぐ城地を与えられました。天下の人々と利を同じくされたのです。項羽は、功あるものはかえって殺し、賢臣をかえって疑いました。戦に勝ったものに功をあたえず、土地を攻略したものに地を与えず、すべて自らのものといたしました。」

劉邦はややあって、答えていった。「なるほど。だがそれは一を知って二を知らぬたぐいだ。およそ、帷や幄をめぐらした宮中にいて作戦をねり、千里の外の敵を打ち破るという手腕では、わたしは張良におよばない。国を治めて万民を愛撫し、つねに兵站をたたぬ内政については、蕭何におよばない。また百万の兵を率い、戦えば必ず勝ち、攻めれば必ず取る将軍としては、わたしは韓信におよばない。この三人は天下の人傑だ。だがわたしはこれらをよく用いて、十分に本領を発揮させた。これが天下を得た理由だ。項羽は范増というただ一人の良臣すら、使うことができなかった。だから彼は敗れたのだ。」

所見

劉邦が人の才能を見出し、賢才には思い切って活躍の場を与える局面がたびたび印象にのこった。人の話を聞く、ということは本来劉邦のようにあるべきだ。劉邦は賢才に対して海のように懐が深かった。この懐の深さが、人を扱う上での一つの重要なファクターだ。

その他、帳良の私心のなさ、韓信の軍才に感動した。どちらも自分ではなく目標の達成のために必死に心と頭を鍛えていたんだと思う。

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